大阪地方裁判所 平成3年(ワ)3994号 判決 1993年4月28日
原告
坂口守英
被告
川村勝行
ほか一名
主文
一 被告川村勝行は、原告に対し、金四一九四万二九三八円及びこれに対する平成三年六月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告川村勝行に対するその余の請求、被告安田火災海上保険株式会社に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用中、原告と被告川村勝行との間に生じたものは、これを三分し、その二を被告川村の負担とし、その余を原告の負担とし、原告と被告安田火災海上保険株式会社との間に生じたものは、原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、各自金六八四〇円二〇八七円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、交通事故で傷害を負つた原告から、加害車両の所有者であり、かつ運転者である被告川村勝行(以下「被告川村」という。)に対し、民法七〇九条、自賠法三条に基づき損害賠償を請求し、被告川村が強制保険及び任意保険契約を締結していた被告安田火災海上保険株式会社(以下「被告保険会社」という。)に対し保険金の支払を求めた事案である。
一 争いのない事実など(書証及び弁論の全趣旨により明らかに認められるものを含む。)
1 事故の発生
(1) 発生日時 昭和六三年七月二六日午後五時五〇分ころ
(2) 発生場所 大阪市西成区千本南一丁目二二番五号先路上(以下「本件事故現場」という。)
(3) 加害車両 被告川村運転の自動二輪車(なにわ・む八九六五、以下「被告車」という。)
(4) 被害者 自動二輪車(大阪市東住き六七九二、以下「原告車」という。)運転の原告
(5) 事故態様 原告が原告車を運転して国道二六号線を北上していたところ、被告川村が右国道に西から突き当たる道路を西方向から東進し、左折北上しようとしたが、一旦停止しないで進入したため横断中の自転車に乗つた母子をはね、さらに原告に衝突させ、原告が転倒し、受傷したもの
2 被告川村の責任
本件事故は、被告川村の過失により発生したものであるが、被告川村は、加害車両の保有者でもあるから、民法七〇九条、自賠法三条により原告の損害を賠償すべき義務を負う。
3 損害の填補など
(1) 被告川村 四万円
(2) 被告保険会社 一四九二万三一七五円
内訳 休業損害 七八二万七四一三円
付添費用 四六万四一三八円
治療費 五〇〇万七〇〇六円
交通費(タクシー代) 七万七〇六〇円
国民健康保険求償分 一五四万七五五八円
(3) 自賠責後遺障害保険金 九四九万円
(4) 松原市(国民健康保険) 一七一万九五〇八円
二 争点
1 過失相殺
被告らは、本件事故は、信号機による交通整理の行われていないT字型交差点で直進路を進行中の原告車と西から北に左折進入した被告車の出会頭の衝突事故であり、原告にも左前方の安全確認を怠つた過失があるので相当割合による過失相殺がなされるべきであると主張し、原告はこれを争う。
2 原告の後遺障害の程度
原告は、原告の後遺障害は自賠責で併合七級と認定されているが、自賠法施行令二条別表の五級程度のものであると以下のとおり主張し、これを被告らは争う。
<1> 神経系統
左上下肢に力が入らず、歩行困難、両手の作業が不自由、書字障害等肉体的障害が顕著であり、抗けいれん剤の服用も継続中であり、また、物忘れ、記憶力減退、思つたことが言葉にでないなど責任ある仕事ができる状態ではなく、これらを総合すると第七級四号に該当する。
<2> 視力障害
右眼は一応見えるが、可視部分が少なく、スポツト部分を見る感じであり、薄暗がりでは見えなくなる。そして左眼の可視部分が妨害となり、片目で物を見るのが実情であるから、一眼は実際には役に立つていないものであるから、左同名半盲症は第八級一号と同等であり、視力障害は併合第七級を相当とすべきである。
<3> 言語障害
思つたことがなかなか出てこず、時間がかかり、内容も思つたことと相違があるので、第九級六号に該当する。
<4> 耳鳴
第一〇級四号に該当する。
<5> 性的不能
第九級一六号に該当する。
<6> 左鎖骨骨折後の変形障害
第一二級五号に該当する。
以上によれば、第七級に該当する後遺障害が二以上存することになるから自賠法施行令二条一項二号ニにより併合五級となる。
3 損害額
第三争点に対する判断
一 過失相殺
1 証拠(甲一、乙一二ないし一五)によれば、以下の事実が認められる。
(1) 本件事故現場は、南北に延びる片側三車線(片側幅員九・七メートル)の中央線の表示のなされた国道二六号線(以下「国道」という。)に西から延びる片側一車線(片側幅員三・三メートル)の道路(以下「交差道路」という。)が突き当たる、信号機による交通整理の行われていないT字型交差点で、交差道路には、本件交差点手前に一時停止標識が設置されている。交差道路から、左右の見通しは建物のため悪かつた。
(2) 被告車は交差道路を東進し、時速四〇キロメートルから二〇キロメートル程度減速したのみで、一時停止することなく、また、徐行もしないで本件交差点に進入し、本件西側歩道を北から南に進行し、交差道路を横断中の自転車と衝突したのちに、国道を南から北進していた原告車の左側に被告車前部を衝突させた。
被告車は、自転車と衝突後、四・二メートル南に進んで、原告車と衝突し、さらに、三・三メートル南の地点で転倒し、原告車は衝突後八・九メートル北東で転倒した。
(3) 被告車には、カウリング前面上部破損、カウリング左側面擦過、左側ステツプ先端部擦過の、先に衝突した自転車には、前輪リムの湾曲、前フオークが左に「く」の字損の、原告車には左側ステツプ擦過凹損等の損傷が残つた。
(4) 被告川村は、自転車と衝突したこともあつて、原告車と衝突するまで、原告車の存在に気付いていなかつた。なお、原告は、本件事故についての記憶がない。
以上の各事実が認められる。
2 前記事実によると、被告が減速のみで本件交差点に漫然と進入したことにより本件事故が発生したもので、前記本件交差点の状況、被告川村が一時停止を怠り、徐行もせずに進入したこと、衝突部位等の事情を総合考慮すると、原告に過失相殺をしなければ、公平を欠く程の落ち度を認めることはできない(なお、原告の供述調書中の「私も左側の方を注意しておればよかつた」との記載部分(乙一四)は、右調書中の本件事故について原告は記憶していない旨の記載部分を考慮すると、一般論として述べただけであり、これによつて原告に過失があつたということはできない。)。したがつて、過失相殺をするのは相当でない。
二 後遺障害の程度
1 原告の受傷程度、治療経過、後遺障害について、証拠(甲二ないし八、一三、乙四)によれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告は、本件事故後、山本第三病院に救急車で搬送され、頭部外傷Ⅲ型左側頭骨骨折、左耳出血、髄液耳漏、外傷性くも膜下出血、左鎖骨骨折、外傷直後けいれん、左外傷性視神経障害、左第四肋骨骨折と診断されたが、受診時には深昏睡状態であつた。
(2) 事故当日から、同年一一月八日まで一〇六日間右山本第三病院に入院したが、その間、外傷性視神経障害、鎖骨骨折に対する手術を施行した。
入院中に意識レベルは徐々にではあるが回復し、リハビリテーシヨンを行つた。
(3) その後、同年一一月八日、市立松原病院に転医し、脳挫傷、頭蓋骨骨折と診断され、同年一一月一〇日から一二月一六日まで入院し、同月一七日から平成二年八月二四日まで(実通院日数一一二日)通院した。
(4) 右松原病院では、平成二年八月二四日症状固定とされ、後遺障害の内容として、自覚症状としては「視野視力障害、歩行障害(ふらつきがあり、まつすぐ歩けない)、左上下肢の筋力低下、物忘れ、思つたことが話しにくい、書字障害、耳鳴、嗅覚障害、インポテンツ」、他覚所見として「嗅覚低下、左片麻痺(不全)左腱反射亢進、視力・視野障害、左鼻腔狭小あり、CT、EEGともに異常なし」と診断した。
なお、前記視野視力障害の後遺障害については、湖崎眼科で、本件事故による左側反盲(両)、下斜筋マヒ(左)についても右同日症状固定とされ、後遺障害の内容として、自覚症状としては「視野障害(両)、視力低下(左)、複視(両)」、他覚所見として「視力検査で右は裸眼・矯正視力ともに一・五であるが、左眼は裸眼が〇・四、矯正視力〇・五、視野検査で左側反盲(両)、複像検査で下斜筋マヒ(左)」と診断したことに基づくものである。
(5) その後、原告が通院していた松原病院では、平成三年一月一七日現在の症状として、左片麻痺(握力は右が三四キログラム、左が一九キログラム)、体幹運動失調と考えられる歩行時のふらつきがあり、嗅覚低下、左鼻腔狭小、インポテンツ、耳鳴を認めるとして、今後三年間は抗けいれん剤の服用を要すると診断している。
さらに、平成四年一月二三日現在の松原病院の主治医の見解は、「原告の後遺障害の原因は脳挫傷であり、歩行障害も脳幹部損傷による、今後治癒する見通しはなく、服することができる労務はごく軽易な労務に限定されると考える」というものである。
2 右の後遺障害診断に基づき、自賠責保険が、<1>右側視路の損傷による左同名半盲症―第九級三号、<2>複視として眼球の運動障害―第一二級相当、<3>左眼視神経損傷による視束管開放術後の視力障害―第一三級一号、<4>左片不全マヒ症状については、自覚上の歩行及び書字障害であり、知的機能上の障害は認められないので総合的には本件職務が相当程度に制約されるものとして精神神経障害―第九級一〇号、<5>左鎖骨骨折後の変形障害―第一二級五号、<6>左鼻腔狭小及び性的能力の不能の自覚症状については外因性が判然としないが上記障害<4>に包含されるとし、以上から、<1>ないし<3>から第八級相当とし、これと<4>及び<5>から自賠併合第七級を適用するとしたことは当事者間に争いがない。
3 なお、カルテ等による原告の後遺障害の内容、症状の変化として、証拠(乙一九ないし二三)によれば、以下の事実も認められる。
(1) 本件事故当時、原告は、自動車修理販売の仕事をしていたものであるが、平成元年二月段階で視覚障害のため元の職業復帰は困難であるとされていること
(2) 山本第三病院から松原病院への転医の際の山本第三病院の紹介状には、左上下肢のマヒもなく、脳波検査では左半球に軽度の徐波の出現は見られるが、けいれん誘発性の棘波の出現はないと記載され、担当看護婦から見て、日常会話に支障のない状態であつたこと
松原病院での当初の問診でも会話は正常とされていること
(3) 平成元年四月二一日には、歩行障害もあるが自転車では安定していると自転車に乗れることを前提に主治医に述べていること
(4) 平成二年八月の松原病院耳鼻科の医師の診断では左耳鳴は外傷性のものと考えられるが、左鼻閉については既往症である鼻中隔弯曲症が原因と考えるとしていること
(5) 昭和六三年一一月ころの松原病院における入院中の看護日誌でも、一方で歩行時のふらつきも訴えるが、歩行スムーズ、ふらつきなしなどの記載もあり、また、平成三年一月ころ、原告は、松原病院の主治医に宛て手紙を送つているが、歩行障害については、冬寒い所に出ると、しばらくは足がぎくしやくして歩きにくいとして、必ずしも歩行障害が常時あるとは解されない事実を述べていること
(6) 平成四年一月九日の握力検査では右四一キログラム、左二三キログラムであつたこと
以上の事実が認められる。
三 右認定事実によれば、
(1) 神経系統については、前記のとおり、脳波及び頭部のCT検査は異常がないうえ、上下肢のマヒも山本第三病院からの転医の際には消失していたこと、歩行障害も常時継続しているものとは認められないこと、抗けいれん剤を服用しているが、脳波上、けいれん誘発性の棘波もないこと、日常会話で必ずしも異常が認められないことなどの諸事情を勘案すると、原告の神経系統の後遺障害は第九級一〇号に止まるものというべきである。
(2) 視力障害については、右眼は裸眼視力が一・五であり、視力低下した左眼は裸眼視力〇・四、矯正視力〇・五に止まるものであるから、一眼の失明を要件とする第八級一号に該当しないことは明らかである。確かに、左下斜筋マヒによる複視で左眼による映像が妨げとなつていることは原告主張のとおりであるが、労働災害障害等級認定基準によると、かかる障害を前提として第一二級を準用しているものであるから原告の主張は理由がなく、前記障害に照らすと、併合八級をもつて相当とする。
(3) 言語障害の存在を裏付けるに足りる事実は認められない。
(4) 原告に耳鳴が存することは認められるが、本件事故によつて難聴となつたことは認められないから、原告主張の後遺障害等級は認められず、前記(1)の神経系統の後遺障害として評価すれば足りているというべきである。
(5) 性的不能については、器質的障害は認められず、また、勃起をすることは原告も認めているところであるから(乙二一)、全くの性的不能とも認められず、第九級一六号に該当するものではない。
以上によると、前記1(5)の平成四年一月二三日付の原告の就労能力がごく軽易な労務に限定されるとの医師の見解により、原告の後遺障害が第五級と認められるものではなく、自賠責認定の併合第七級をもつて相当というべきことになる。
四 損害額(以下、各費目の括弧内は原告請求額)
1 入院雑費(二〇万四一〇〇円) 二〇万四一〇〇円
前記のとおり、原告の入院期間は、山本第三病院が昭和六三年七月二六日から同年一一月八日まで(一〇六日)であり、松原病院が同月一〇日から同年一二月一六日(三七日)まで及び平成元年七月中の一四日間の合計一五七日であり、一日当たりの入院雑費は一三〇〇円が相当であるから、二〇万四一〇〇円となる。
2 休業損害(九六四万二〇〇〇円) 七八〇万四一六六円
証拠(甲一、一三、一四、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時、四八歳(昭和一五年七月二四日生)で、友人と共同で営む自動車修理販売販売業であるマルキオート児島に勤務し、本件事故前六か月の所得は一八七万三〇〇〇円であつたこと(確定申告書、源泉徴収票等の提出はないが、甲一四の帳簿による収入額は賃金センサスによる平均給与額に照らすと信用できるものといえるが、その余のボーナス分、アルバイト収入についてはこれを認めるに足りる証拠はない。)、本件事故による受傷のため本件事故当日である昭和六三年七月二六日から症状固定日である平成二年八月二四日まで二五か月にわたり休業を余儀なくされたことが認められ、これによると、その間の休業損害は七八〇万四一六六円となる。
3 入通院慰謝料(三二二万円) 二七〇万円
本件事故による原告の傷害の部位、程度、入通院期間、実通院日数、原告の職業等を総合勘案すると慰謝料として二七〇万円が相当である。
4 後遺障害による逸失利益(五六六八万五八八七円) 三七四四万七四五五円
前掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、症状固定時、原告は五〇歳の高卒男子であり、本件事故当時の勤務先は閉鎖されて無職となつたが、本件事故による受傷で立ち消えになつたものの転職の話もあつたこと、前記認定の後遺障害の程度によれば、就労は軽易な労務に限られることなどの諸事情を考慮すると、本件後遺障害により原告の労働能力は、症状固定時から稼働可能な六七歳まで一七年にわたり、五六パーセント程度労働能力を喪失したと認めるのが相当であり、賃金センサス平成元年産業計・企業規模計・新高卒・男子五〇ないし五四歳の平均給与額である五九一万一四〇〇円の所得を得た蓋然性も認められるので、これを基礎として、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して原告の逸失利益を算定すると、その現価は三七四四万七四五五円となる。
(計算式)5,941,400×0.56×(13.116-1.861)=37,447,455
(小数点以下切捨て、以下同様)
5 後遺障害慰藉料(一一八二万五六六〇円) 八〇〇万円
前記認定による、後遺障害の程度が併合七級であり、抗てんかん剤を今後も服用しなければならないこと、その他日常生活あるいは就労上の支障などの諸事情に照らすと、金八〇〇万円が相当である。
6 治療費(平成二年九月八日から平成四年九月二九日まで)(一七万四三四〇円) 一四万四六三〇円
証拠(甲六、九の1ないし63、一〇の1ないし13、一一の1ないし6、一三、一五、一六の1ないし5、一七の1ないし35)によれば、原告は症状固定後も抗けいれん剤の服用を要するとされ、平成四年一〇月二七日現在に至るまで、抗けいれん剤、脳代謝賦活剤の投薬を続行していること、その間の松原病院での原告負担分の治療費(文書料も含む)及び湖崎眼科での検査費用として一四万四六三〇円を要したことが認められる。
7 小計
以上によれば、原告請求の本件事故による損害額(弁護士費用を除く)は五六三〇万〇三五一円となるが、前記既払金のうち原告の請求していない付添費用、治療費(平成二年八月末までの分)、交通費を除いた被告川村からの四万円、被告保険会社からの休業損害分として支給された七八二万七四一三円、自賠責後遺障害保険金九四九万円の合計一七三五万七四一三円を控除すると、三八九四万二九三八円となる。
8 弁護士費用(四〇〇万円)
本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は三〇〇万円と認めるのが相当である。
五 ところで、被告保険会社に対する原告の請求は、自賠責保険金と任意保険金の支払を求めるものであるが、自賠責保険からはその上限である傷害分の一二〇万円、後遺障害分の九四九万円がすでに支払われているから、自賠責保険金の請求は理由がない。また、任意保険については、支払を求める根拠が判然としないので、原告の請求は失当ということになる(なお、付言すると、約款によるものであれば、直接請求を基礎づける約款の主張をすべきであるが、現在の約款では、被保険者の損害賠償額が確定していない本件では現在給付を求めることはできないので、約款を根拠にしても現在給付の請求はなしえない。)。
六 まとめ
以上によると、原告の本訴請求は、被告川村に対し、金四一九四万二九三八円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成三年六月一三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるので認容し、被告保険会社に対する請求は失当として棄却する。
(裁判官 高野裕)